接着缶
 製缶業界は、すずを全く使用しないブリキに代わる缶材料の出現を望んでいた。

 ○缶材料としては次の条件が大きな要因としてあげられている。
  1)貯蔵中および輸送中に、さびが発生しないこと。
  2)塗料や印刷インキのような有機仕上げ剤がまんべんなく均等に塗られ
     アイ・ホールなどの欠陥を起こさないこと。
  3)塗装焼付後、塑性加工による塗膜剥離を生じないこと。
  4)塗装加工後、種々の内容物に対して耐食性が優れていること。
  5)ブリキ缶胴のはんだ付け作業に匹敵する高速製缶作業が可能なこと。

 ○鋼材を生産する場合においても次の条件がみたされることが必要とされた。
  1)化学処理する方法はできるだけ簡単であること。
  2)処理工程の設計、建設が容易であること。
  3)電気めっきブリキに対し経済的に有利であること。
  4)処理速度の速いこと。

 この様な条件をある程度クリアー出来たものとしてアメリカにおいて2つの化学処理鋼板が誕生した。
 1つは浸せきクロム酸処理によるハイナックである。当時急激に販売量が増加していた液体洗剤の缶材料としてブリキより優れていることが分かり、1950年から量産された。
 また、1956年頃からベスレヘム・スチール社(Bethlehem Steel Co.)やリパブリック・スチール社(Repubulic Steel Co.)によって無水クロム酸水溶液の陰極還元によって形成される陰極被膜を、表面処理に利用する方法が生まれた。これが鋼板の電解クロム酸処理の始まりである。
 一方、日本においても1955年頃より電解クロム酸処理の研究が進められ1961年に東洋鋼鈑のハイトップが工業化され、今日の様に大きな普及を見た。ハイトップは当初ブリキ、ローモー板に代わって美術缶、一般缶など家庭用品などの分野に広く使用された。
 次いで、1962年に富士製鐵よりクロムめっき鋼板キャンスーパー、1972年には日本鋼管からブライトコートと名付けられた金属クロム層とクロム水和酸化物層からなる鋼板が開発生産された。


 こうした鋼材の開発とともに、製缶方法の開発が進みアメリカでは、1966年アメリカ・キャン社によってナイロンを接着剤として製胴するミラシーム法が、溶接缶では1967年にはコンチネンタル・キャン社によってコノウェルド法が誕生した。
 日本では1970年に東洋製罐がナイロンフィルムを接着剤とするトーヨーシーム法を開発した。それまで、缶詰用の缶は缶胴のサイドシーム部の接合方法として缶胴材の両側端部を折り返して嵌合させたロックシーム(Lock Seam)をはんだ付けする方法が一般的であったが、これにより飲料分野での大きな飛躍をみた。

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